中島のむかし話(中島町教育委員会編)画:岡田誉さん

■久兵衛小島
 天保時代のことじゃそうな。         
 久万山騒動でところばらいになった、久兵衛さんという人が小浜(おばま)へ来て住むようになったんと。
 久兵衛さんは、島へ来て、魚釣りにちゅうき(夢中)になってのう。ひまをみつけちゃあ、魚釣りにいきょったそうな。
 その日も、雨がしょぼつくええ魚釣り日和になったもんで、畑仕事をほっくりだして、ひとりで大串の小島へ魚釣りにいったんと。         
 思うたとおり、よう釣れてのう。日が暮れるのも、潮が満ちるのも忘れて釣りよったんと。かごがいっぱいになったんで、やっと気がついてもどろうとしたら、もう首たおのところを潮がどんどんいきさかりょうる。(勢い良く流れている)
  慌てて渡りかけたが、なんせ薄暗うはなるし、かごは重いし、
  つい、足をすくわれて、速い潮に流されだした。
  「たすけてくれえ。たすけてえ。」  
  小雨の中でも畑仕事をしよった若いもんが、その声を聞きつけて浜へかけおりた。が、潮の流れが速いもんで久兵衛さんは、どんどん沖へ流されていく。若いもんは、どうしようもないんで、地だんだ踏んでくやしがっているとのう。          
  海の中で、ふいに、久兵衛さんが、体半分とび上がったんと。
  そして、海の中から「取ったぞう。」という声が聞こえたんと。         
  それっきり。         
  久兵衛さんは見えんようになった。あとで小浜のもんがなんぼさがしても、死体さえ上がらなんだそうな。久兵衛さんは、潮に流されたんじゃない。エンコにひっぱりこまれたんじゃあと。
  それから、あの小島のことを、久兵衛小島とよぶようになったんよ。
 


 ここの小学校では、毎年大串の海岸に遠足に出かけていました。そこから、この久兵衛小島が見えるんだそうです。で、今でも子供たちは「この島にはゆうれいが出る!」と語り継いでいるんです。子どもが初めてこの話を聞いてきたとき、「とうちゃん!あそこゆうれいが出るんでね?!」と父親に同意を求めていました。すると、父も「おう!でるんぞ!」と答えていました。いったいこの話は何百年子供たちに語り継がれているんでしょう。とても、素敵!

うまかったか
 むかし、むかし、吉木の沖にある小島にゃ、いたずらかおそがおってのう。
 わるさばっかりしとったもんよ。
 漁師が魚を釣っていけすへ入れときゃ、かたっぱしからすくい出して食うてしまうし、人が貝をほってかごへ入れときゃ、こっそりつかみ出してたたきわってしまうし、気がついたときゃ、えものはなあにもありゃせん。
 だれでもかれでもわるさをするんで、吉木のもんはこまってしもうとったんと。
 ごうをにやした(がまんできなくなった)若いもんが4、5人で話しおうて、船にこっそりと鉄砲うちを乗せていったんじゃと。
 みんながわざとうしろを向かんようにして、釣った魚をいけすにほりこんでいるとのう、何にも知らんとかおそがやってきて、魚をすくい出そうとした。そこをかくれとった鉄砲うちが「ドン」と一発でうちころしたんと。
大けな大けなかおそでのう。足をしばって鉄砲にかけ、ヨイショとかついだら、しっぽがひこずるぐらい大けかったそうな。
若いもんらはおそ汁にして食べたと。
「うまいのう。ええもんを食ろうとるかおそじゃけん、うまいてて、うまいてて。」
みんなは舌つづみをうって食べ、かおそ談議に花をさかせたそうな。
やんがて、夜もふけたけん、いのうやということになって2.3人が立とうとしたら、
「うまかったか・・・・・。うまかったか・・・・・。」
と、うらめしそうな声が二声、外から聞こえたんと。
みんなは、ぎょっとしてのう。じいっと耳をすましとると、ちいとないだして、また、
「うまかったか・・・・・。うまかったか・・・・・。」
それを聞いた若いもんらは、今までの元気はどこへやら、まっ青になって座りこみ、その晩は一足も外へよう出なんだそうじゃ。
出たら、外で待っとるかおそにばかされて、どこへ連れて行かれるやらわからんけんのう。
かおそは、二声までは人まねができるんじゃと。そいで、よめさんかおそがうらんで、やって来たんじゃろうということじゃ。
ああおとろし。
 


中島にはかなり多くのパターンのカワウソの昔話が残っているようです。おばあちゃんたちが子どもの頃は夜遅くまで遊んでいたりすると「カワウソに連れていかれるぞ!」と大人たちに脅されたそうです。

■四人の天狗
むかし、庄屋の杉田さんが、宇和間に用があって、その人の所へ、お話にいったんじゃと。
ところが話に力がはいってのう、おそうなってしもたんよ。
今なら、海岸道路を車でもんてくりゃあ、10分ぐらいじゃけどのう。
むかしは、山道しかないんじゃけん、 どがいにしても、峠を越えんといかなんだんよ。          庄屋さんは、ちょうちんを持って、ようよう、たどりついてなあ。
するとのう、そこらあたりが、ぼうっと明るうなってのう、前に4人の天狗が、刀をぬいてたっとるんよ。                                 
「ありゃあ。」と、思うたら、
「そこを通るんは、どこのどいつぞ。」と、大声で、おらばれたんよ。
「わしは、大庄屋の杉田じゃ。そのほうこそ何者じゃ。」と、言い返したんじゃ。
わしらは、山の神の、四天王じゃ。この道を、通るのは、どんならん。ひきかえせ。」と、言うんで、
「なにを言うか、この土地は、わしの治めとる土地じゃ。無礼なことを申すと、ゆるさんぞ。あしたは、何百人も村人をかりだし、山狩りをして、たとえ、山の神の天狗であろうとなんじゃろうと、追い出してしまうぞ。」と、言い返したんよ。
 すると、天狗たちはのう、
「月の9日の晩はのう、わしらが遊ぶ日じゃ。この広場で遊ぶんが、たった一つの楽しみなんじゃ。大庄屋と言うけん、今夜はみのがしてやるが、いんだら、村のもんによう言うとけ、9日の晩は、ぜったいにこの峠をこえちゃならん、とのう。」
と、言うたかと思うたら、どこへともなしに姿をけして、おらんようになったということじゃ。


この話に出てくる峠には、今はトンネルが通っています。でもね・・・このトンネル・・・。いろいろ「出る」って噂が絶えません。もしかしたら、天狗さんがまだ遊んでいるのかもね。